2010年9月14日火曜日

まちの駅の硬券入場券

道の駅にきっぷがある。という話はもうみなさんご存知ですよね。私の周りにもすごいコレクタさんがたくさんおります。
そう、そのくらいコレクタが育つほどに多様化し、裾野も広がっています。この話はまたいずれ詳しくしますね。

じゃあ、まちの駅にも切符がある。という話は? んふふ~。実は全国に今のところ二例だけあるんです。

゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*

静岡県富士市。富士山の麓にあるパルプなどの製造で有名な都市です。甲府出身の私としては、身延線の終点(本当は起点だけど)というイメージが大きいです。未だに。
この富士市には、2010年現在、まちの駅が、57駅存在します。


これは54駅時代のマップ。よくできています。

そもそもまちの駅ってなんじゃい、ですよね。私も富士市の取り組みを見るまではさっぱりわかっていませんでした。
道の駅は、分かりやすいですよね。駐車場があって、売店などの商業施設があり、24時間使えるトイレがある。ドライバーにとっても便利な「たまり」ですし、地元の人にしてみても産直に代表されるお店で、地域の自慢の品を売って、全国からやってくるお客さんに知ってもらう場所。
けれど、まちの駅って……? 一般的に、まちの駅として最初から建てられる施設はほとんどありません。既存の施設をまちの駅として認定して、ちょっとした休憩所だとか、道案内だとか、大げさではないサービスを提供する場所、です。だから、57駅あるといっても、一般の商店や飲食店、旅館がほとんどです。
全国にも数えきれないほどのまちの駅がありますが、富士市が特別だったのは、その各駅で硬券入場券を発売した、ということでした。

もちろん、まちの駅に入場するのに料金はかかりません。この切符は単なる記念品です。一枚100円で当初は限定100枚だったようですが、もしかして今は増刷されているのかな。
印刷は、実際の鉄道の硬券印刷も手がけている会社。様式も板紙も本物の切符の手触りです。マニアごころをよくわかっていますね。

こうした取り組みには、もちろん企画者さんがいらっしゃいます。私が収集に訪れたときには、ちょうど外出なさっててお話できなくて、残念。でも、機会があればまた行っておもしろい企画をありがとうございます、とお礼を言いたい気分は変わっていません。

2007年。最初に硬券入場券が発売になったとき、富士市のまちの駅は、50駅でした。その50駅すべてをトータル三日間かけてめぐりました。とある一軒だけは何度訪れても開いて無くて、結局他のまちの駅の方に代理で買っていただくという無理をお願いしてまで、なんとか50駅を完集しました。たぶん、私が一番最初だったはずです。だって、0001番の切符を何枚も持ってるもの。
その後2009年に5駅増え、1駅廃止となり、トータル54駅に。増えた駅分を買いに行って、無事王座を守りました(笑)

さらに2010年に3駅増えていますので、また行かなくちゃいけませんね。もう切符も設置されたのかな?

では、一気にどん。


ちょうどひと駅はみだしましたので、大きめに詳細をどん。
ね。よくできてるでしょ?

*

と、油断していたところに、カウンターパンチのような情報が。
なんとすぐ近くの、由比町(今の静岡市清水区由比地区)にあるまちの駅17駅でも同様に切符を売ってる、というお話です。
きゃー! それは行きたい! 行かねば! というわけで、2010年の夏のある日。ちょうど仕事で静岡市に向かう用事があったついでに回ってみることにしました。
富士市では立派なまちの駅マップが用意されていましたが、由比町のまちの駅にはあまり立派ではないマップがぺらっと一枚。なので、事前にあまり調べずに来ちゃった私は、店先のノボリだけを頼りにめぐりはじめました。
由比の町って、そんなに広くありません。そして、道は大変に狭いのです。これは車は置いて、自転車などでめぐるのがよいかもしれませんね。
目印例として、各駅の看板とノボリです。

まちの駅の切符収集の楽しさって、他には無いものがたくさんあるんです。まず、どんどん集まること。一軒で集めたら、すぐとなりがまたまちの駅だ、なんてよくあることです。だから、ちょっとした間に切符がたんまりたまっていきます。
そして、気さくな駅の方とのおしゃべりがまた楽しいんです。どこからきたのー? なんて会話から弾んだり、お土産にいろんなものをいただいたりすること、ざらです。嫌な思いをしたことは一度もありません。
というわけで、初日は何の調べも無くめぐって、約半分の駅で切符を集めることができました。あとは後日、マップを頼りにネットなどで少し調べてからめぐることにしましょう。

実はこのマップがちょっと違ってて、まちの駅じゃないところがまちの駅として書かれていたり、その逆があったり。なので、全然まちの駅と関係ないお店に入って「切符ください」って言って話が通じなくて恥ずかしい思いをした、ってのが唯一切ない思い出。
あとは営業時間がマップに書かれていないので、そこらへんの調節が難しかったこと。実は17時前後が一番効率的にめぐれるかもしれません。

というわけで、そのまた後日、一気に全部をまわり、ゆいまちの駅の切符も完集しました。わーい!ぱちぱち。


楽しかった! ぜひこういう取り組みは飛び火して全国でやって欲しいなと思います。ただ、できれば情報は欲しいです。まちの駅ポータルサイトみたいなところで情報公開をしていただけると、私、喜んで買いに行きますよ!

2010年9月13日月曜日

八栗ケーブル

ケーブルカーネタが続きます。
というより、私の中でケーブルカーブームが発生してしまったようです。なんてね。

゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*

9月、たまたま徳島県で仕事があり、またそれが週末に近かったものですから、帰宅を日曜にずらして、四国をぶらり歩いてきました。

現在四国にあるケーブルカーは、八栗にある四国ケーブルのみです。数年前から屋島にあったケーブルカーは休止中。残っていれば割と近い距離にあったので、続けて乗ることもできたんですけれど。

さて、今ある八栗ケーブルは、琴電八栗駅からしばらく進んだところにあります。レンタカーで向かったのですけれど、駐車場がいっぱいだったらどうしようかな、なんて考えながら進みます。
結果から言えば杞憂でした。空いてた。真夏の暑い時期ですから、お遍路さんも少ない、ということなんでしょうか?


駐車場というか、八栗登山口駅の目の前に車を置き、振り返ればオレンジ色のレトロなケーブルカーが見えます。

ううっ、可愛い! 写真では見て知っていましたが、現物はまた一層可愛いです。切符売場に行きましたら、すぐに発車しますよーとのことでしたので、慌てて乗り込みます。
ケーブルカー特有の傾いた車両は、使い込まれていますが、とても綺麗。私以外に2人のお客さんと運転席に座ったスタッフの方で発車です。


女性の声の案内テープが流れ、すぐに御詠歌が流れはじめました。ちょっと聞き取れなかったのですが、弘法大師様に関する歌なんでしょうか。がたんごとんと揺れながらゆっくり急坂を登ります。晴れていたからそうでもありませんが、これが荒天時だったりすると、なんというか、こう、世界の端っこに向かって進むような印象を受けたかも。ちょっとSF的です。


中間地点で下ってきたケーブルカーとすれ違います。同じ車両ですが、向こうは青。鮮やかな色です。車両は、どちらも1968年製ですが、色は割と近年に塗り替えられたものです。
少しずつスピードが落ち、山上駅に到着です。ここから八栗寺の山門まではすぐです。私はまだ八十八ヵ所めぐりをやっておりませんので、お寺へは行きませんでした。いずれまた。


涼しい売店でしばし休憩。お寺から帰ってきたお遍路さんにはお茶のサービスもあります。ちなみに売店の店員さんは、先程ケーブルカーで登ってきたスタッフの方(ポジション的には運転士さん)です。
切符は、券売機ではなく手売りの軟券でしたので、片道券を記念に買います。同じように見える切符ですが、ハンコが違うだけじゃなく金額も違うんですね。
そうそう、記念スタンプも忘れずに。上も下も同じスタンプですが、インクの色が違います。


同じ車両で折り返します。今度車内に流れ始めたのは、シルクロードのテーマ。な、なんで!?
ま、どちらも長い旅に関する曲には違いありません。イメージは遠くないですが、ちょっと驚いた。

登山口駅に戻りまして、こちらでも切符を買います。というわけで、完乗~。駅前には開業40周年の記念碑なんかも建っていました。
そうそう、ここは残念ながら駅名標がありません。レトロなのがあったら最高だったんですけれど。



゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*

せっかくですので、近くにあった、屋島ケーブルの痕跡を見に行きます。遠くから見る限り線路や山上駅はそのまま残っているようです。
琴電の屋島駅(名建築!)から緩やかな坂道を北上すると、ほどなく見えてきます。
現役当時より少しぼろくなったかなーぐらいで、まだそのまま残っています。ホームの中を覗き見ることはできませんが、かろうじて車両がまだあるなーというところまでは見えました。
あくまで「休止」と書いてありますが、復活は望めそうにありません。